人工知能が金融を支配する日

人工知能が金融を支配する日

人工知能が金融を支配する日

金融が人工知能によって大きく変わる、という本にタイトルテーマ真正面の内容も扱われている一方で、海外のロボトレーダーの進化に対して日本社会としてどう対峙すべきかというような社会への提言も書かれている。筆者は東京銀行出身の理工系出身の数理ファイナンスの専門家で、その立場を色濃く反映したような内容になっている。

直近、金融分野を仕事としてやる予定はないのだけど、金融はAIがもっとも劇的に業界を変えていっている業界であること、その流れはいずれマーケティングの世界にも来るであろうこと、 また、個人的に投資を少し始めたこともあって、業界の動向には興味がある。RTBが金融取引を参考にして生まれたように、新たなモデルが広告に持ち込まれる日がそう遠くない日に来るだろうと思っている。

この分野の本というと、「フラッシュ・ボーイズ」の印象が強くあるが、本書も分野的にはかぶっていて、米国や英国のヘッジファンドが、数学・統計・ITの技術を駆使して大きな利益をあげて成長している動向を時系列にまとめてくれている。技術にも詳しいため、AI関連の個々の手法や定義も整理されてわかりやすく書かれていて、その点はすごくよかった。

例えば、ベイズ推定とは何かを考えたときに、定義としては

ベイズ推定(ベイズすいてい、英: Bayesian inference)とは、ベイズ確率の考え方に基づき、観測事象(観測された事実)から、推定したい事柄(それの起因である原因事象)を、確率的な意味で推論することを指す。

(出典:Wikipedia

というような感じで、けっこう一言でいうのが難しいというか、腑に落ちる端的な説明というのが難しい。 本書では、

適当に設定した事前分布から出発して実際の観測値を使って、推定の精度を徐々に上げていくことによって、最終的に精度の高い推定値にたどり着くというのがベイズ推定の神髄です。

というように、ある一面でやや言い過ぎ感はあるものの、それを読者が自分の中で咀嚼する余裕がある前提とすれば、腑に落ちる説明がうまいというか、すっと頭に入ってくる説明が多くて良書だと思った。

話題は金融に閉じておらず、チューリングエニグマの話があったり、ワトソンやアルファ碁にも触れられていたりと、AIや機会学習のメジャーなテーマをさらってくれているので、その中での金融のポジションという感じで俯瞰的に見れて良い構成だと感じる。

後半は人間の仕事がロボットに代替されるという話から、日本が(特に金融分野について)そのへんの進歩についていけてないという展開になり、縦割りな会社文化への批判や過去の護送船団方式の反省もされる。そこに微妙な距離を置いての記述は、東京銀行出身で、三菱東京UFJ銀行に買収された過去と、筆者がソニーに転職しソニー銀行設立にも関わっている経歴と深くリンクしている気がしながら読んだ。

むすびとしての筆者の主張は、一部のヘッジファンドが技術とそこからあがる利益を独占する未来ではなく、公共的な方向に技術が活用される未来に期待するというものとなっている。ただ、そこで日本のとるべき道として、オールジャパン的な横の連帯と制度づくりが重要という主張だったのは違和感があった。金融は法律の縛りもきついだろいうから、そういう文脈では官民共同の取り組みが必要というのもわかるが...。